Not all those who wander are lost

高岡漆器

昨日、取材のため高岡漆器の伝統工芸士、上野和成さんのところへお伺いして参りました。
じばさんではないところでの仕事でだーいぶ前にお世話になったり、
思わぬところで作者のお名前がないまま購入したものが上野さんのものだったり
(↑昨日合わせて明らかにしてきました
ブログ担当とは何かとご縁のある方ではあるのですが、
実際ゆっくりとお話を伺うのは初めての機会。
いろんなお話を聞かせていただきました。
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さて、こちらは昨日見せていただいた上野さんの作品の一部分。
紐のようなものが見えますが…はい、まさに紐なんです。


上野さんが最近よく素材として使っておられるのが、紐。
工房には何種類もの凧糸が常備してありました。
漆器の素地が何かということを、例えば美術展なんかでも「○胎」と表記したりいたしまして
高岡では鋳物の上に漆を塗る「金胎」漆器もありますし、
九州の方では「籃胎」漆器(らんたいしっき)と言いまして
竹のカゴ(=籃)に漆をぬったものもありますが、
上野さんはご自身のものを「縄胎」と表現されています。
よく見ると確かに、撚り縄のような…
現代に合わせて変わっていかなきゃね、とおっしゃる上野さんは
「見た目」という意味ではなく、生活様式や用途、素材に至るまで
「今」のものと漆を合わせようとしておられます。
ガラスや樹脂と組み合わせるための塗料としての工夫やできあがりの形、重さ、
そういったものを変えつつ、漆の本質は本質として守っておられるところが
作品・製品の風合いからも伝わってきます。
実験が苦にならないタイプで、いろんなことを試すのだとか。
「失敗しても、成功するまでやれば、それは失敗じゃなくてプロセスだから」
とおっしゃる様子に、
タイトルに書いた「Not all those who wander are lost(※↓末)」という言葉を
ふと思い出したのでした。
人には真っ直ぐ歩いて花を咲かせる人もいれば
あちこちに葉っぱを出して、いろんなところで養分を吸収して、
全部結びついてどこかに花を咲かせる人もいるのだなぁと思います。
さて、先ほど掲載した写真の作品の全容は…
こちら↓
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60cmくらいはあったでしょうか、横置きの器です。
藤の実の弾けたところを模して
(細い瓢箪というか大きな豆というか、藤棚にぶら下がっているアレです)
縄で形作られた不思議な形状。
外はマットな質感ですが、内側はまるで銀河が広がっているよう!
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何分長くて画面に収まらないので、いちいち部分写真で申し訳ないのですが
内側には金箔やみじん貝が施され、丁寧に磨かれた艶やかな面が。
不思議な形の中に吸い込まれていくような、素敵な器でした。
そんな上野さんのご紹介は、まもなく発行の「タカオカ、ものづくり散歩。」冬号でも。
※Not all those who wander are lost…
さまよっているものが皆、道に迷っている訳ではない…という意味になるでしょうか。
wander=ふらふら歩く、歩き回る、脇道にそれる… というニュアンスの意味があります。
こちらは「指輪物語」(トールキン)の中に出てくる詩の一部。
いわゆる名言集のようなものにも載ったりする一文です。